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 俺の駆る中型二輪の音を聞きつけてカラリと空いた滋野家の玄関に立ったのは相楽だった。襟元を寛げた白いワイシャツにおそらくは喪服のものだろう黒いスラックス姿の相楽は、あまりにも見慣れなく、これが非日常なのだと強く主張する。
「誰が来てる?」
「俺と福井、あと朱音ちゃん。他にもサークル関係がちらほら来てたけど、もうみんな帰った」
「遺体は?」
「昼過ぎには戻ってきたよ」
「早かったな。もう少しかかるかと思ってたけど」
「あぁ。せめてもだって、通夜に来てた親戚連中が言ってたよ」
 相楽の言葉には、微量の怒気が含まれている。そんなことで慰められるはずもないのに、弔問客というのはお決まりのように慰めの言葉を口にするのだ。
「親父さんとお袋さんは?」
「さっきまで客間にねばってたけど、居間で休んでもらってる。二人とも気丈そうだけど、やっぱり相当参ってると思うよ」
「そうか」
 勝手知ったる他人の家で、俺は遠慮なく上がり込み、まっすぐ居間へ向かった。
 いつもどこかで人の声の絶えないこの家が、今日はひっそりと静まり返っている。
 薄く開かれた居間の襖に手を伸ばしかけたとき、唐突にそれがスッと開かれた。
「和希くん」
 開けたのは朱音だった。足音を聴きつけたのだろう。彼女はそういう気配に聡い。
「親父さんとお袋さんにご挨拶したいんだけど、今、大丈夫?」
 尋ねると、朱音が頷くより早く、孝成の母の声がした。「お袋さん」と呼び習わし、来るたびに手料理を振る舞ってくれる、俺にとっても本当の母親のような人。
「和希くん? どうぞ入ってちょうだい」
 いつもと変わらない調子の言葉。息子同然に扱ってもらってきたという自負があったから、それは俺の心をチクリと刺した。
「遅くなりました。このたびはご愁傷様です」
 膝をついて頭を下げる俺に、彼女は、そんな他人行儀な、と言う。
 そして、沈黙が俺たちを包んだ。
 互いに言うべき言葉が見つからない。こんなとき俺は、何を言うべきか。近しい友人の死に際してその両親に掛けるべき言葉なんて、俺は知らなかった。
「まずは顔を見てやってくれ。まだ見てないんだろう?」
 沈黙を破ったのは親父さんだった。促されて、俺は腰を浮かせた。
「そうしたら、事故の様子を聞かせて欲しい」
 思わず息を飲んで、俺は中腰の状態から親父さんを見下ろした。
 親父さんの視線が痛い。
 ペコリと頭を下げ、俺は居間から逃げ出した。

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